読める日の停車駅

千を超える蔵書を少しづつ少しづつ読んでいます。読んではいるものの、元来読んだ内容を忘れやすいので、内容や雑感を記しています。誰かに見て頂いている態で書くのは大変おこがましいので、淡々と記録のような書き方をすることもあります。

人生に少しのゆとりとユーモアを。「ボートの三人男」

 小説を読みながら、かつてこんなに笑ったことあるだろうか。

 ジェローム・K・ジェロームの書いたこの「ボートの三人男」は、今から約130年前もの作品でありながら、現代においてもそのユーモアセンスは褪せることなく、気品にみちみちた作品であることは間違いない。

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左の写真がS51.7.10の文庫版初版、右がS52.12.20筑摩書房の新書版1刷
ちなみに左のカバー画は池田満寿夫氏によるものでそれぞれ雰囲気が出ている。
同じ作品を装幀違いで二冊持つほどお気に入りの作品なのである。

ボートの三人男

物語は単純。気鬱傾向の三人の英国紳士が、一匹のフォックステリアを連れて、テムズ河口沿岸へ気晴らしにボートの旅に出る、概ねそれだけである。

基本的に物語は主人公ぼく(ジム)の視点であり、物事の感性そのものもジムなので一層面白さを増している。
私はこの物語に出てくる登場人物をこのように考察する。

ロマンチストでシニカルなジム。
豪気で単純なハリス。
慎重派なのかそうでないのか、掴み所のないジョージ。
ドン・キホーテ的要素に満ちた犬のモンモランシー。

この三人と一匹に共通することは、是非とも友達になりたい楽しい人たちであることだ。

まず、三人がボートの旅に出る相談から始まるのだが、準備から出帆に至るまでの間だけでストーリーの約四分の一が終わるのである。

その間ほとんどがジムの体験した過去のエピソードになっており、脱線脱線を繰り返す。序盤のポジャーおじさんのくだりはただただ面白いと言えよう。

出船後も、ハリスのハムトン・コート庭園での迷子エピソードやコミックソング、三人の青年たちのファッションポリシー、ジョージのバンジョー、ランチボート妨害、カメラ意識しすぎ事件他多数、思わず笑ってしまう珍事の数々は、私たちを決して飽きさせない。

それから本書のもうひとつの魅力は、テムズ河口沿岸地域のガイドの役目があることだ。
ドタバタ珍事の間に、時折挟む穏やかで風光明媚な風景描写は、写真がなくとも文章だけでその美しい景色を読み手に連想させ、ボートの旅に出たくなる。

もうひとつ忘れてはいけないのが、とてもロマンチックで美しい、昼と夜、空と大地と人間の比喩と英国の歴史回顧である。あのジム青年と思えないほどその表現は綺麗で美しく読み手を魅了する。

 しかし夜には慰めと力がみちみちている。
夜という偉大な存在の中では、我々の小さな悲しみは恥じらいながら逃げ出してしまう。
ところが、昼には苦悩と不安がある。...続く

レモネード、コールドビーフアイリッシュウイスキーなどの美味で上品な食材の数々。

最後は連日の雨降りに挫け、ボートをうっちゃり贅沢を尽くす(結局は俗世に戻る)ところは如何にも人間らしい。

ここで、本作の中からわたしの好きな言葉があるので抜粋させていただく。
ジム自身が発言したと仮定して、ハリスから返されるだろう言葉を想像したものである。

するとハリスは君の腕をつかまえて言うだろう。
なあに言ってるんだい。君が風邪をひいているだけなのさ。
ねえ、一緒においでよ。この角を曲がったところに一軒、知ってる店があるんだ。これまで飲んだことないような、上等のスコッチ・ウイスキーが飲めるぜ。一杯きゅっと引っかければ、風邪なんか直ってしまう。

こんなハリスの言葉に少しでも元気を分けてもらえる。

この優雅でユーモア溢れる物語は、天気のよい休日に、穏やかな日の光を程よく浴びながら、珈琲、紅茶を傍らに三人の英国紳士と共に旅に出た気分で読むと更によい。

「父なるテムズ河口に心から感謝する。」

少し古いものを揃えたいなら