マイクル・クライトン「アンドロメダ病原体」
冒頭からドキドキさせられる。
屋外で両手を胸に当てたまま死んでいる沢山の人に群がるハゲタカの群れ。
そして、遺体の上を跨ぎながら、この惨状の目撃者2人の目の前を横切った人物描写の恐ろしさ。
どうもこの町に墜ちた米国の衛星が関与しているという疑いのもと、医学・細菌学の選りすぐりのメンバー4人を集めた国家機密レベルのプロジェクトチーム「ワイルドファイア」が集結する。
目に見えぬ悪魔が下したこの異様な大量怪死事件の謎に、優秀な国家プロジェクトチームが命がけで挑むのが、この作品のコンセプトである。
本作は緩急のある作品なので、以下備忘のためもあり、通読するのにポイントになる部分を列挙してみる。
ユニークな判断基準、オッドマン仮説
作中ほとんど理解するのに頭を捻るだろう基準や用語が存在する。そのうちのひとつ、最もユニークなものが「オッドマン仮説」というもの。
「ワイルドファイア」の職場というべき政府の極秘研究施設内で、強大なインシデントが発生した場合、施設が自動爆破されるしくみになっており、その爆破解除の判断・実行の適任者を選りだす基準が「オッドマン仮説」というものであり、仮説ではその適任者は傾向的に独身男性が適任であると定めたユニークなルールがある。
専門外の自分が何故プロジェクトメンバーに選ばれた?と首を捻る想いであったのが、他でもない外科医のホールである。
全編通し濃密なサイエンス色が横溢
物語のおよそ6〜7割方は、難しい医学や科学の話に彩られている。
中盤のワイルドファイアのメンバーが、極秘研究室最高レベルへ辿り着くまでの下りや、非常時にも出てくる真面目なうんちく話に退屈を感じつつもあるが、後に後に繋がるものになるので、読み飛ばしは出来ない。
そのような感じなので、メンバー一人一人の個性は抑えめであり、各々がなだらかに表現されているので、スーパーヒーロー的な登場人物はいない。(厳密に云うと居ないわけでもないが…)
より、白く透明なサイエンス色を重視していると言える。
生存者の回想と事件後の出来事が、大きく話を盛り上げる
医科学的な進行の中にも、物語の核となる壊滅した田舎町ピードモントの現地調査および生存者の証言をはじめ、その後の不可解な事故・事件と、多くの犠牲者を招いた菌株との結び付きを少しずつ紐解いてゆく段階は、それまでのひたすら研究の真面目な部分を全て回収するような、ドキドキ感がある。
個人的にメルヴィルの「白鯨」の雑学8割本編2割の上げ引きの繰返し構造への共通性を感じるものがあり、これがあるから飽きさせないというものを感じる次第である。
やっぱり大事なほころび
作中にはどんなに堅牢な研究施設でも出るちょっとした機能不全、些細な点の見落としなど、ほころびを巧みに匂わせ、次の予想も出来ない惨事を読み手に想像させる。
約束事と言えば約束事だが、それをきちんと表現し、後の盛り上がりへの期待をかける良さ。
私自身自宅療養中の中、未知のウィルスを理解するという点で、良い読書が出来たと思う。