読める日の停車駅

千を超える蔵書を少しづつ少しづつ読んでいます。読んではいるものの、元来読んだ内容を忘れやすいので、内容や雑感を記しています。誰かに見て頂いている態で書くのは大変おこがましいので、淡々と記録のような書き方をすることもあります。

読書ノオト・カフカの「審判」第八章

 章末にある訳者の解説によると、この章は訳文以上に続きがあるらしい。
「城」でのKと内儀さんの会話並みに、Kと商人ブロック、レェニ、弁護士間の対話が退屈に感じ、複雑である。

第ハ章 ブロックという商人 弁護士を解約する

腐敗した裁判制度に辟易していたKは、弁護士の部屋に訪れるが、そこにはレェニが抱き込んだと思われる、訴訟中の商人ブロックが居る。
ブロックから弁護士の書類がなかなか進まないこと、他にも7件の弁護士への弁護依頼をしている事を聞かされたKは、自身の弁護を解約しようと弁護士の寝室へ行こうとするが、レェニに阻止される。
レェニを振りほどいて、弁護士と話を着けようとするも、後から入室してきたブロックがレェニを伝って弁護士と対話を始める。
Kを心よく思わないブロックは、弁護士の前で洗いざらいぶちまけようとするが、弁護士依頼を掛け持ちしていることが露見し、裁判官を盾に弁護士から他の弁護士を断るようにと脅迫を受ける。
気弱になったブロックの襟首をレェニが掴んで罵る所で終る。(城のラストに似ている)

読書ノオト・カフカの「審判」第七章

 裁判制度についての平坦な会話が延々と続くので、退屈な章ではあるが、流石カフカアイロニーが溢れている。

第七章 弁護士 工場主 画家
Kは前章の弁護士から、裁判官と割と面識のある画家を紹介され、早速その画家の住まいを訪ねる。
画家は裁判所自称顧問であり、Kに無罪についての訴え方の原則を説き始めるが、Kは彼の部屋が蒸し暑くて堪らない。
一通り話を聴き終え、部屋を辞退しようとするが、野次馬子供たちに出口を遮られ、已む無く画家のベッドの向こうにある扉から出ようとすると、そこもまた裁判事務所であったため面食らってしまう。
画家はKの無罪主張への協力を申し出、帰り際自分の旧作画を幾つかKに持たせる。(報酬は次回その画代で)
Kとしては甚だ迷惑な土産物であったが、画家が職場に訪ねて来た場合、追い返す材料にしようとその画を持ち帰る。

 この章の真面目な無罪主張の方法についての説明には、裁判官の抱き込みやPRなど、どのようにでも事態を操作出来る当時の裁判制度の実態に作者自身、苦言を呈していたのかもしれない。

 そしてまた主人公を廻り道をさせ、真実から遠ざけようとする手法。「城」でもこの廻り道手法に乗せられてしまった。

読書ノオト・カフカの「審判」第五章から第六章

第五章 鞭を鳴らす男
ある日Kが職場の倉庫からうめき声がするので、扉を開けてみると、第一章に出てきた監視人のフランツとヴィレムが、一人の笞吏に鞭打たれている。
何でもKの逮捕の日、下着を横領したのとKの朝食を無断で食べた罪らしい。
次の日もKは同じ場所で同じ光景を見るが、鞭打たれ哀願する監視人の男たちを横目に、ピシャリと倉庫の扉を閉める。
何ともの洒落の効いた思わず吹き出してしまう章。

第六章 叔父 レェニ
叔父がKの逮捕の噂を聞きつけ、職場にやって来て、Kに事の次第を詰問する。
このままでは一家の問題となることを危惧した叔父は、ある知り合いの弁護士の下へKを連れ出すが、生憎弁護士は心臓が悪く病床に伏せっている状況であり、仕事の合間の書記長が訪ねてきている。
叔父はKを弁護してもらうべく取り計らおうとするが、肝心のKは弁護士の家に勤める看護婦レェニに誘惑され、そちらに時間を費やしたことで、叔父の目論見が台無しになる。
レェニはわざとKを真実から遠ざけようとしているのか…⁈

読書ノオト・カフカの「審判」第一章から第四章

 こうやってまとめていると、後でも分かりやすく思い出しやすい。
【審判】
第一章 逮捕
主人公ヨゼフ・K、起き抜けに自身の部屋で突然の逮捕(とは言え拘束はされない)
隣人女性ピュルストナー留守の間、彼女の部屋で、謎の男たちに囲まれ謎の陳述が始まる。
勿論Kの犯した罪はわからないまま。
ピュルストナー帰宅後、Kが彼女の部屋を訪問し、不在時出来事を説明するも、なぜか彼女への距離を近づけようとする。
何故かピュルストナーの部屋にいた、Kの勤める銀行の三人の職員の行いが稚拙で笑える。

第二章 最初の審理
Kは日曜に小規模な審理があるとの電話を受け、郊外のまだ行ったことのない通りの或る場所へ召喚される。
やっとのことで部屋へたどり着くと、洗濯女と隣室の法廷はすし詰めの状態。
Kは自分の突然の逮捕についての不服と、裁判機構の腐敗について観衆に述べ立て部屋を後にする。

第三章 誰もいない法廷で
また次の日曜に出廷するKであったが、生憎今週は休みとのことで、前回の洗濯女(実は予審判事の妻)から話をされる。妻と学生の不貞を公認している予審判事と、Kまで誘惑してきそうな妻の女。そこで学生が現れ妻を連れ去る。色々振り回された日曜日。

第四章 ピュルストナァの友達
ピュルストナァの部屋にモンタァクという跛の女性が同居するようになり、以来ピュルストナァ本人と会うことが叶わないK。
アパートの食堂にてモンタァクとKとの脈絡のない会話が始まる。
ピュルストナァに面会出来ない所は、「城」の主人公Kが事務次官と直接取次げない状況にも似ている。

こうやって振返ってみると、「審判」は一章一章を独立した話としてみても、面白さが増すのではないかと感じた。

城崎の情景を思い浮かべながら志賀直哉の「城の崎にて」を読んでみる

 兵庫県城崎温泉が舞台となった、随筆とも小説とも取れる志賀直哉の短篇「城の崎にて」

 山手線の列車に跳ね飛ばされながらも、奇跡的に一命を取り留めた主人公(作者自身)が、療養のため滞在した城崎で体験した幾つかの小動物の「死」とその間際に、自身の命を照らし合わせるという非常にシュールな作品である。

 悉く癖と無駄を削り、読みやすさを追求し、死なので洗練された文体は、通読した後でもずっと印象に残っている。


(ひょうごツーリズム協会様が無料公開されていた画像を借用)
散歩の道すがら、主人公が鼠の窮地に遭遇した橋はここなのかも…⁉

 さて、写真で見る限り城崎温泉街は非常に長閑な場所に見え、夜は一層美しい印象であるが、この「城の崎」にての情景は、温泉街の風景はさて置き、家の周辺でも意識すれば出くわすと思われる日常的な風景(蜂、鼠、井守の死なので余りないかもしれないが)が主で描かれており、周囲の物については、宿や橋、散歩などの表現ばかりで読み手の想像のみが頼りであることが、却ってまだ見ぬ城崎の地への旅情をかきたてるのである。

そして、舞台は城崎であるから映えているし、それ以外うってつけの舞台はないと思う。

長閑な温泉に美味しい料理。
ぶらぶらと昼と夜の街並みを散歩。

城崎への思いが膨らむばかりである。

ヘミングウェイ「白い象のような丘」にある、男女の修羅場の向こうに仰ぐ雄大な山なみはどんな風景だったのか想像する

 スペインの駅の酒場で列車を待つ、ある男女の会話を切り取ったヘミングウェイの有名な短篇は、私の持っている作品集「キリマンジャロの雪(瀧口訳)」では、タイトルが「白い象のような丘」であり、よく目にする方のタイトルは「白い象のような山並み」である。

彼女の妊娠の話から徐々に緊迫しつつある二人の会話の中、ふと彼女が言った白い象のような遠くの山並みは、話のせせこましさと対象的にどのように映っていたのか。

こちらは私がとある山並みの風景を撮影したものであるが、恐らくもっと澄みきって美しい眺めだったに違いない。

一方で彼は彼女にひたすら堕胎を勧めるのであるが、明らかに彼女に分があるように思える。
以前から持ち上がっていた話の続きなのか、落ち着いている風を装い、明らかに彼は狼狽している。

しかし読み手は彼等の会話から雰囲気を読み取るのであって、決して妊娠・堕胎を明文化していないところが作者の妙である。

蠅の視点で読んでみる・横光利一「蠅」

 馬車の崩落事故から唯一生還する蠅を中心に描いた、小説の神様横光利一の名短篇「蠅」

 客を乗せた馬車が崖下に落ちてゆく中、唯一事故を予見しながらも無関心に飛び去る蠅と、それぞれの事情を抱えながら馬車に乗り込んだ乗客たちが無情にも命を落とす様が実に印象深い。

 普段疎ましい存在である蠅が、横光利一の卓抜した文の世界の中だけは、魅力的なものに思えてしまう。