読める日の停車駅

千を超える蔵書を少しづつ少しづつ読んでいます。読んではいるものの、元来読んだ内容を忘れやすいので、内容や雑感を記しています。誰かに見て頂いている態で書くのは大変おこがましいので、淡々と記録のような書き方をすることもあります。

物悲しくもゾッとする昔話「リップ・ヴァン・ウィンクル」

気立てがよくのんびり屋のリップ・ヴァン・ウィンクルが、口煩い妻から逃れ、気晴らしの狩猟に出掛けた山で出会った奇妙な一団との酒宴。

ついつい飲み過ぎた後、気付くと今しがた居た筈の場所は変わり果て、延いては自分の住まいに家族、周囲の人々、政治思想に至るまで見知らぬものに変わっていた…

19世紀の米国作家ワシントン・アーヴィングが口碑、民間伝承を元に綴った短編集「スケッチ・ブック」より「リップ・ヴァン・ウィンクル
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家庭のかかあ天下という名の王政政治と、国の王政政治の終演を掛け合わせたアイロニーと物悲しさ。
お伽噺のような出来事への少しゾッとする言い伝え。

近頃の乱読・並読気分に乗って、二年ほど本棚で眠らせていた本書を気まぐれに手に取れたことがよかったと思えるほど面白い話であった。

一夜だけの仲間。ホーソン「七人の風来坊」

ホーソンの短編集より「七人の風来坊」

一泊の雨宿りをと立ち寄った馬車小屋に、何かに導かれるように集った七人の紳士淑女の顔触れ。
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一晩だけの行きずりの仲間たちが、其々の持ち味を披露しながら、"野外集会"に参加するという行き当たりばったりの計画をぶち挙げ、この夜を愉快に踊り更ける。

個性ある面々に少々劣等感を覚えながらも、自分の立ち位置を得ようと何とか頑張るロマンチストな主人公がいじらしい。

結局夜宴の間に"野外集会"は終わっており、朝の光の中、一夜だけの仲間たちはそれぞれの方向へ解散してしまう。

主人公の「私」は、賑やかな楽士や占い師などではなく、中でも寡黙な土人の人と肩を並べて旅立つという如何にも主人公という性格を表した描写がまた趣がある。

初めての場所で、初めて合う顔触れと仲間意識を育みつつ、声の大きい者がその場の勢いで皆で○○やろうよ!と自分の意思とは別に強引に決まってしまうような、身近に経験ありそうで無いような感覚を愉しめる一作。

ひと昔前の手触り「賃金・価格および利潤」

およそ経済学の本に縁遠い私であったが、行きつけの古本屋さんの岩波文庫コーナーに、一際異彩を放つ装丁が。
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茶色の唐草模様に、粗めであるが今の岩波文庫より軽くて優しい手触りの紙質、目に優しい旧仮名遣いの活字。

SNSの読書グループの方の助言では馬糞紙なんかの類いではないかとのこと。

更に後で気付いたのが、ページの縦方向が不揃いで、上端が若干粗い仕上がりになっているので、もしかするとアンカットだったのかもしれない。

昭和20年前半の重刷版、マルクス「賃金・価格および利潤」

時々読んでみようと思う。

完成度抜群のノベライズ「エイリアン」

本作は流通市場でも入手できるものであるが、およそ二年前オークションで入札合戦を経て、流通価格より安価に入手したものである。

広大無辺な宇宙空間の静けさを表した何とも味のある装丁である。
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後に主人公リプリーをエイリアンとの闘いの生涯へと誘う原点となったノストロモ号の悲劇こと、映画「エイリアン」の世界を描いたノベライズである。

本作は日本での映画公開と同年に出たもので、内容は原作に沿いながらも、乗組員息遣いや心情が一層感じられ、映像版を復習する意味でも大変クオリティの高い作品となっている。

"宇宙ではあなたの悲鳴は聞こえない"

装幀が魅力的な「黒蜥蜴」

云わずと知れた名作をふじ書房版で愉しむ。

江戸川乱歩「黒蜥蜴」
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美しく華麗で非情な女賊"黒蜥蜴"と名探偵明智小五郎
賊としての自信とプライド、探偵としての威信を掛け、宿命の対決の幕が切って落とされる。

どちらがどちらを欺いているのか、息も付かせぬスリリングな展開の中、明智探偵は、最後までスマートで格好よく事件を締め括る。

自分にとっての永遠のヒーローはやはりこの人、名探偵明智小五郎

そしてこの妖しさとインパクト溢れる三色使いの装丁
元々貸本であったため、バラけ防止の紐綴じも趣がある。
ネットで探し当て、古本屋さんと交渉の末、納得の購入に至ったもの。
駄目で元々ながら、古本屋さんとコミュニケーションを交わしてみるのも古本漫遊の愉しみかもしれない。

「定本青猫」1,000部限定版入手の話

かつて短編集「猫町」を読んだ際、いまいちその世界観に付いて行けなかった萩原朔太郎氏の作品群であったが、オークションで詩集「定本青猫」の1,000部限定復刻版が挙がっているや否や、居ても経ってもいられず、虎視眈々と勝負の時を待ち続け、怒涛の入札合戦を経て、無事私の元に来ることになった「定本青猫」。

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本書は大正12年に新潮社版から出版した「青猫」の出来映えに、著者自信が不満足であったらしく、後の昭和11年に内容を改めた「定本青猫」を出版したものの限定復刻版である。

因みにどちらのオリジナル版も非常に高額である。

悲哀に満ち幻想的な著者の散文詩を、時々そっと手にとって感じてみたい。

理想と現実「牛肉と馬鈴薯」

国木田独歩の短編集「酒中日記」より「牛肉と馬鈴薯

今は無き明治倶楽部にその夜は珍しく灯っている明かり。

其処に集った七人の紳士が、温かいストーブの前で、牛肉を"理想"、馬鈴薯(じゃがいも)を"現実"に見立て、誰ともなく大いに自らの主義・思想・経験から得たものを延々と語り明かす。

話はその参加者の一人、愁いを纏った男、岡本の体験談から徐々にシリアス且つ一層哲学的な熱を帯びて行き、彼の唯一無二の願について参加者一同が期待に胸を膨らませる。

岡本達ての願は果たして…

こんな知的な談義を延々と語り明かす夜はとても理想的である。
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